帝国ホテル(泊)

東京腰痛クリニックで、
ヘルニアの手術。
3時間安静後、
歩いて帝国ホテル・・。
16階のインペリアに、
宿泊ですが、
飲めないし、
痛みが心配で、
猫に小判状態です❗ 


「89ビジョン」(木村和久)

第2章 ショートゲームテクニック編

 

Lesson 10 後藤流・秘技”9番アイアンパター打ちをマスターせよ

 

前回のアプローチの続きで、今回は秘密の簡単テクニック、

”9番アイアンのパター打ち”を語りたいのですが、その前にネタ晴らしを少々。

 

毎回、面白レッスンをさせてもらっていますが、

読者の中には納得いかない人もいると思います。

 

お前、シロウトのくせに調子こいて、レッスンするんじゃないよとね。

でも心配無用。

実は多くの技術が、私の大師匠、後藤修先生から教わったものなのです。

 

後藤修先生といえば過去に尾崎将司選手、中嶋常幸選手を教えた名コーチ。

もちろんレッスン・オブ・イヤーも受賞しています。

 

鈴木亨選手、

途中ストレッチをさぼって先生にどやされた、すし石垣選手なども教え子です。

 

後藤先生の教えはプロ向けですから、難しくてちんぷんかんぷん。

理論も難解、実技となるとまるっきり不可能に見えます。

 

過去に先生の教えを実践できた人は誰ですか?と聞くや、

唯一ジャンボ尾崎選手のみと言いましたから。

中嶋選手はと聞くと「まあ50点かな」って、ひぇ〜、恐れ多いことを。

 

その後藤先生のアマチュアの唯一の生徒が私で、5年ほどレッスン記事をやり、

ドローボールをマスターしました。

 

先生の前でドローボールを披露するとや

「なかなかいいクラブを使っているな、勝手にドローがかかるじゃないか」と、

案外お茶目なことも言うのです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「さらさら流る」(柚木麻子)

最近読んだ本を紹介するコーナーです。

 

今回は、「柚木麻子」の『さらさら流る』です。

 

彼が憎んだ、私を許そう。

ネットに流出した裸の写真。

撮ったのは、昔付き合っていた男。

 

静かに輝く、宝石のような一夜で始まりを告げた、菫の恋だったが・・・・・。

 

あの人の内部には、淀んだ流れがあった・・・。

28歳の井出菫(すみれ)は、かつて恋人に撮影を許したヌード写真が、

ネットにアップされていることを偶然発見する。

その恋人、垂井光晴は菫の家族や仲間の前では見せないが、

どこか不安定な危うさを秘めており、ついていけなくなった菫から別れを告げた。

しかし、なぜ6年も前の写真が出回るのか。

苦しみの中、菫は光晴との付き合いを思い起こす。

初めて意識したのは、二人して渋谷から暗渠を辿って帰った夜だった・・・。

 

う〜ん。

結構、読むのに、疲れました。

 

う〜ん。

よく分からないでした。

 

 


ヤスさんの「ゴルフ礼記」(鈴木康之)

まだまだ

 

ビギナーの責任 連れて行く人の責任

 

コース上で美しい人とは 〜(3)

 

いよいよお許しが出た。

あすは”満願の日”と言う前の晩、早い時間に顔を見せたスーさん、

ママを側に掛けさせて、言った。

 

「目立つ化粧や目立つ服装はしてくるな。

そして、よいか、スーさんだのカイチョウだのという呼び方はしてはならぬ。

誰であれ姓にサンづけで呼ぶのがゴルフ場というところでのやり方だ。

私もママだのママさんだのとは呼ばぬ。

それから、ミスショットしても叫声を発したりするな。

スミマセンと謝れ。

ミスやヘマが続いても、我慢しろ。

見ている周りの方も我慢しておるのだからな。

コースではさっさと歩け、だが、あわただしく駆けたりしてはいかん、以上、よいな。

さあて、明日は天気もいいらしい」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

いいですね、こういうの。

 

最近は、こういう先輩に連れて行ってもらいということも減っているようで、

初心者同士で来てしまって、迷惑をかけても・・・分からないんですね。

 

迷惑をかけている・・・ってことじたいが分からない。

困ったものです。

 

 


「悪左府の女」(伊東 潤)

最近読んだ本を紹介するコーナーです。

 

今回は、「伊東 潤」の『悪左府の女』です。

 

読書メーターより

新着

平安時代末期。公家から武家へ政治の権限が移る時代。
院政から摂関政治の復活を画策する藤原家の内紛を中心に描く。
悪左府こと左大臣藤原頼長に見出だされた春澄栄子。
栄子は藤原頼長の命を受け宮中に入る。
骨肉相食む藤原家の争いは互いに武家を取り込む。
結果として武家に力を与えることになり、公家の力は衰える。
この時代の歴史は詳しくないので、新鮮な印象を持つ。
何より主人公が聖人君子ではなく、人としての弱さを持ち描かれ好感が持てる。
ラストで驚愕。平安末期をを藤原家の視点で描いた作品は珍しいと思う。
新鮮な驚きを持つ作品だった。
時代に翻弄される女たちを描いています。
現在の女性は強くなっていると言われていますが・・・。
どの時代でも、基本、女性は大変ですね。
この時代のことは、全然わからないので、
最初は、読むのに苦痛さえ感じていましたが、
読み進んでいくと面白さがどんどん増していきました。
良かったですね。

ヤスさんの「ゴルフ礼記」(鈴木康之)

まだまだ

 

ビギナーの責任 連れて行く人の責任

 

ゴルフ場で美しい人とは 〜(2)

 

さすがは明治生まれのゴルファーである。

 

連れの女性がみっともなく身をよじるスウィングをコース中にひけらかすのは、

誰よりも連れてきた当の男の大恥なのだと心得る。

 

男たるもの、美しい女でなければ連れて歩くわけにはまいらない。

ゴルフ場において美しい女とは、すなわち美しいスウィングをする女である。

 

飛ばなくともよい、姿が美しければよい。

と、まことにやかましい美意識なのである。

 

ママは言われた通りに1、2、3をこなしたという。

素直な人である。

 

見上げた人だと思う。

スーさんにはたまらなく可愛い女性に思えたことだろう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

スーさんも立派、ママはもっと立派、ですね。

 

 


ヤスさんの「ゴルフ礼記」(鈴木康之)

まだまだ

 

ビギナーの責任 連れて行く人の責任 

 

ゴルフ場で美しい人とは 〜(1)

 

ひとむかし前、銀座のバーのそのママは、月に2、3回コースに出ているというのに、

顔にも手にもゴルフ焼けを見せない色白の美人であった。

 

その艶っぽい姿態のスウィングを1度拝ませてもらいためものだと思っていたが、

残念ながら私には銀座のママさんをゴルフに連れて行ってあげるような甲斐性がない。

 

いやいや、後日バーテン氏に聞けば、あんなおしとやかな顔をしていて、

男どもと一緒のティから打って1ラウンド90前後で回るのだという、

それじゃあ間違いなく負けて恥かくところだったわけで、

甲斐性がないのが幸いだったわけである。

 

そのママに聞いた話で、忘れられない話がある。

 

さらにまたひとむかし前、店のお客にさる名門コースのグランドシニア氏がいた。

名を仮にスーさんとする。

 

ある日、ママがスーさんに「私もゴルフを始めようと思うの」と言ったあとで、

ついつい職業上のお愛想で「スーさん、今度連れてって」とシナを作った。

 

そこはさすがに某上場企業の会長のスーさん、

「よろしい、連れて行ってあげよう」と約束してくれた。

 

「だがな」と急に父親のような顔になった。

 

「割烹や寿司屋ならどんな高級な店へでも今夜にでも連れて行ってあげられるが、

ゴルフ場へとなるとそうはいかない。

 

私のホームコースに連れて行ってあげるのは、そうさな、早くとも3カ月先になるな。

それまでにやってもらわねばならないことがある。

 

まず1つ、練習場へ通って、プロについて、まともなスウィングを覚えてこい。

2つ、少なくとも1万球は打ち込んでこい。

3つ、ルールブックを買って読んでこい。

 

連れて行ってあげるのは、それからだ」

 

・・・・・・・・・・・・

 

いいですね、こうでなくちゃ・・・。

今までは、こうして先輩に連れてこられたものですが・・・。

 

ですが、現在は、素人同士で平気でコースデビューしてしまうんですね。

そうして、メチャクチャ、みなさんに迷惑をかける。

 

しょうがないのは、迷惑をかけているという自覚がないことですね。

最悪です・・・・・。

 

 


「ゴルフ大全」(マイケル・ホッブス編)

第3章 偉大なる男たち

 

サミーと出会った日 チャールズ・プライス(1982年) 〜(3)

 

グリーンまで残り約80ヤード。

 

彼はジョン・ウェインのような歩き方でやってくると、

両手を腰に当てて状況を観察した。

 

そのあとから、まるで博物館から借りてきたような大きなキャディバッグをさげて、

キャディが息を切らせながら到着した。

 

手を伸ばせばサミーに触れられる近さの所にいた私は、

興奮して息が詰まりそうだった。

 

その時代、まだピッチングウエッジが使われていないこともあって、

彼は無造作に大きなキャディバグからサンドウエッジを取り出すと、

とてもやわらかくリズミカルにアドレスして、肩越しにチラッと旗竿を眺め、

それから大き過ぎるほどのフォワードプレスのあと、

クラブが持ち上げられて柔らかくパンチショットが行なわれた。

 

その音はヴェートーベンが作曲したすべての交響曲のクライマックスばかり集めたほど、

私の耳には強烈だった。

 

打たれたボールは美しい放物線を描き、頂点に達したとき、

青空に白点だけ描いた1枚の絵を見るように思えた。

 

ボールはピンの方向に吸い寄せられ、落下して小さく跳ねると、

ピンから1m以内の至近距離にピタリと停止した。

 

それまでの歳月、私は自分の家の裏庭で27回も全米オープンを開催し、

27回も優勝してきたが、

その私にして夢にさえ現れない美しいショットがこの世に存在するとは、本当に驚きだった。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

以上です。

 

 


「ゴルフ大全」(マイケル・ホッブス編)

第3章 偉大なる男たち

 

サミーと出会った日 チャールズ・プライス(1982年) 〜(2)

 

やっと私の前に現れたサミーは、想像以上のゴルファーであり、

周囲が息苦しくなるほどの貫禄に満ちていた。

 

その試合はワシントン近くのコングレッショナル・オールドコースで行われたが、

翌日から開催される1939年度全米オープンの予選会の前に、

4人の名選手によるエキジビション・マッチとして切符が売られ、

私の父がようやく手に入れたものだった。

 

試合はロングヒッターのジミー・トムソンとパッティングの名手、ホートン・スミス、

コース所属のプロ、ウィフィー・コックス、そして憧れのサミーが出場していた。

 

かなり早く到着したにもかかわらず、押し寄せた大観衆の車が溢れて駐車がままならず、

ようやく父が1台分の面積を確保したのが1番グリーンの近くだった。

 

私は車から飛び出すと大人の間をすり抜け、ラフに這い出た。

と、すぐ近くにボールが光っていた。

 

当時のコングレッショナルの1番は距離のあるロングホールだった。

幸運なことに、そのボールがサミーの3打めだった。

 

つまり私は1、2打を見ることが出来なかったわけである。

ずんずんやってくるサミーの姿は、滑らかに走る戦車のように見えた。

 

白い鹿革の靴にクリーム色のスラックス、白いシャツに派手なネクタイを結び、

当時はまだストローハットではなくて、かんかん帽に似た白い帽子をかぶっていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「ゴルフ大全」(マイケル・ホッブス編)

第3章 偉大なる男たち

 

サミーと出会った日 チャールズ・プライス(1982年) 〜(1)

 

そのころ、誰もが彼のことをサミーと呼んだ。

 

どうやら新聞には、本名を使わずニックネームですましたがる風潮があって、

各紙とも「スラミング・サミー」と見出しをつけて、本文中だけサム・スニードと書いた。

 

スーパースターには、何か特別な雰囲気がある。

私は「ゴージャス」と呼んでいるが、サミーには人と違う輝きがあった。

 

たとえば彼の足取りは、獲物の匂いを嗅ぎつけたアメリカ・ライオンのように、

しっかりと着実に一歩一歩、腰から真っ直ぐ踏み出していくのだった。

 

彼は2m近い看板を苦も無く蹴り上げ、

寸分も膝を曲げないでカップの底からボールを拾いあげた。

 

誰かだ曲芸師のように二重関節の持ち主だと言ったが、

そうでなく、彼の全身はゴージャスに出来ているのだ。

 

12歳になっても、私はサミーのプレーを見る機会に恵まれなかった。

 

それでも新聞か何かでスウィング写真を見て、何時間も真似に耽ったものである。

ようやく実物が見られるという前の晩は、なかなか寝付けなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


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