「ツキの正体」(桜井章一)

第1話 ツキに個人差があるのはなぜか

 

ツキは平等には訪れない 〜(2)

 

そして、その偏りが起こりやすい人がいる、

偏りが起こる時を感じやすい人がいる・・・

それがなぜなのかを説明できなければ、

ツキについて説明したことにはなりません。

 

そもそも、ツキというものは、

確立とか理屈を超えたところで起こっていること。

 

これを理解するのは、理性ではなく感性の領域になります。

頭ではなく、身体なのです。

 

それだけに、言葉で説明することが難しいのは確かです。

 

麻雀をしていると、私には、

相手の手牌や山にある牌が、伏せられているのに透けて見えます。

 

卓上をさまようツキの流れも手に取るように感じられます。

けれども、それがなぜなのかを説明しろ、と言われても困る。

 

「だって、見えるからだよ。感じられるんだもん」

 

そう言うしかない、というのが正直なところなんですが、

出版社さんに求められてこうしてペンを執った以上、

ツキをとらえる感性について、伝えられる範囲で、

おいおい記していきことにします。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

やっぱ、よく分からないところですね。

次回を、期待しましょう。

 

 


「ツキの正体」(桜井章一)

第1章 ツキに個人差があるのはなぜか

 

ツキは平等には訪れない 〜(1)

 

「人生、どの人にも、幸運と不運が公平に訪れるものだ。

 生まれてから死ぬまでの間の総量をならしてみれば、

 結局はプラスマイナスになるようにできている」

 

ツキについて、そのようなもっともらしいことを言う人がいます。

多くの幸運や大きな幸運が訪れる人は、

それと同じだけの多くの不運、大きな不運を味わうのが常で、

結局、運というのは公平だ、という”平等論”です。

 

まったく違うと思います。

運は全然公平なんかではない。

 

ついている人もいれば、ついていない人もいる。

それが厳然たる事実です。

 

前項で述べた通り、ツキは、人運によって作ることができます。

人運を作るのが上手な人には、

下手な人よりも、ツキに恵まれる機会が多いのです。

 

また、ツキは循環するものなので、

使い切ったから”打ち止め”ということもありません。

 

こうした誤った考え方は、確率論から生まれているようです。

 

例えば、サイコロを10回振って、10回とも1の目が出たとしましょう。

これは明らかにツキが偏った状態ですが、

確率論者の考え方では、「一時的な偏り」ということになります。

 

たまたま今は1の目が強いけれど、

サイコロをさらに100回、1000回、10000回と振っていくうちに

その偏りは修正されていき、最終的にはどの目も1/6の確率で出るようになる、

という考え方です。

 

ばかばかしい、としか言いようがありません。

 

にもかかわらず、1の目がそれ以上の確率で出続けるときがある、

それがツキなのです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「ツキの正体」(桜井章一)

第1章 ツキに個人差があるのはなぜか

 

ついていない日にツキをもたらす 〜(2)

 

ツキというのは、一つの所にじっとしているわけではありません。

あっちにゆらり、こっちにふらり、という具合に、

気まぐれに漂っている。

 

そして、大小無数のターニングポイントを経由して、

一瞬一瞬、流れを変えていきます。

 

また、目に見えないうちに、

天運・地運・人運が複雑に絡み合っていることもあって、

その流れを読み取るのはなかなか難しいものですが、

出来ないというわけでもないのです。

 

つまり、「運命は変えられる」ということです。

 

強い人運を作り出す行動様式や生き方を身に着けて、

毎日をしっかり生きることで、

悪い天運・地運に立ち向かうことが出来るようになります。

良い天運・地運を逃さず、最大限に活用できるようになります。

 

ついている人は人運の強い人であり、

ついていない人は人運の弱い人なのです。

 

「ついてない」とあきらめた瞬間に、

掴めるはずの運も逃げていくのです。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

やっぱ、常に前向きでないといけませんね!!

 

 

 


「ツキの正体」(桜井章一)

第1章 ツキに個人差があるのはなぜか

 

ついていない日にツキをもたらす 〜(1)

 

もちろん、天運や地運に恵まれず、

本当についていない状態の時だってあるでしょう。

 

しかし、ついていないと嘆いている人の周りにも、

よく見ればツキは漂っているのです。

 

問題は、それを感じられるかどうか、

そして、きっちり摑まえることができるかどうか。

 

苦境を耐え忍んで、やるべきことをやりながら、ターニングポイントを見極め、

果敢に立ち向かっていくことで、人運を作り出すことは出来るはずです。

 

そういう努力もしないで「ついていない」と落ち込んでいては、

ますますツキに見放されてしまいます。

 

私のようなへそ曲がりは、ついていない時には、

落ち込むどころかやる気が湧いてくることがあります。

 

ツキを何とかして引き寄せるために、

いろいろと工夫を凝らす余地があり、自分の実力を試す楽しみがあるからです。

 

だから私は、「今日はついてないな」と思ったら、

次々と訪れるピンチをしのぎながら、徐々に体制を立て直し、

流れを変えるような勝負手をビシッと決めてツキを引き寄せる・・・

そういうプロセスにこそ、勝負の醍醐味を感じるのです。

 

・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「ツキの正体」(桜井章一)

第1章 ツキに個人差があるのはなぜか

 

「ついていない」のには理由がある 〜(3)

 

天運や地運、そして他人の人運を感じ取り、

それらがどう交錯し、どう変化していくかを読み取って、

その場その場で的確に対応していくことができれば、

人運が強くなり、その人を後押ししてくれるようになるはずです。

 

それとは対照的に、どんなに天運や地運に恵まれていても、

それを感じ取って生かし切ることが出来ずにいると、

人運が弱い状態に陥って、いつの間にかツキを失ってしまう。

 

野球でいえば、得点のチャンスを何度も逃していると、

流れが相手チームに行ってしまい、

ちょっとしたエラーが大量失点につながったりします。

 

麻雀でたとえるなら、せっかくいい手が来ているのに、

手順を間違えたり、切ってはいけない牌を切って相手に振り込んだりしていれば、

いい手牌が来なくなってしまいます。

 

つまり、つくかつかないかは、実は人運によるところが大きいのです。

仕事でも人間関係でも、同様のことが言えるのではないでしょうか。

 

自分はついていない、と嘆く人は、

酷な言い方をすれば、つかなくなるようなことばかりしている。

 

つまり、つかなくなるような考え方や生き方をしているということかもしれません。

胸に手を当てて考えれば、思い当たる人は多いはずです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ちょっと耳が痛いですが・・・。

 

取り敢えず、ネガティブはやめて、ポジティブに生きようとは思っています。

麻雀では、手順・切ってはいけない牌・・・注意したいと思います。

 

 


「ツキの正体」(桜井章一)

「ついていない」のには理由がある 〜(2)

 

同じように人を選ばないのが「地運」であり、

これは場所につく運です。

 

麻雀をやる人なら実感として分かってもらえるでしょうが、

その日によって、あるいはある時間帯によって、

大変ついている場所や、まったくつかない場所があります。

 

この場所に座った人が必ず勝つ、こっちの場所に座った人はまず負けてしまう、

という不思議な現象が起きるのです。

 

たった4人でやる麻雀でさえ、座る場所によって極端に運勢が変わってくるのですから、

広い世の中にはやはり地の利、地の運といったものがあって、

人間に大きな影響を与えているのかもしれません。

 

最近は「パワースポット」などと呼んで、

スピチュアルなパワーが充満しているという神社や山に押しかけることが流行っているようです。

 

これも、なんとかして地運にすがりたいということかもしれません。

 

天運、地運という、いわば「自然」から与えられる運に対して、

人が作り出す運があり、これが3つ目の運、「人運」です。

 

人運は、それぞれの人が、それぞれの感性や行動によって作り出していくものだ、

と私は思っています。

 

人運は、天から降ってくるものでも地から湧き出してくるものでもありません。

人が自分の力で引き寄せるものです。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「ツキの正体」(桜井章一)

第1章 ツキに個人差があるのはなぜか

 

「ついていない」のには理由がある 〜(1)

 

非常に運のいい状態を「ついている」、

逆に大変不運な状態なら「ついていない」と言います。

 

「今日の私はついている」

「あの人の人生はついていない」

というふうに、「ツキ」は日常生活の中で普通に使われている言葉です。

 

運がつく、つかないということから「つく」「つかない」というようになったのでしょうか。

あるいは、その語源を「憑く」とする説もあるようです。

 

「憑く」は憑依(ひょうい)の憑くです。

つまり、あたかも何かが乗り移ったかのように、

尋常でない強運に恵まれている様子を「憑いている」というわけです。

 

これまでの人生を振り返ってみても、

ツキというのは明らかに存在するように感じます。

 

ここまで私はひと言に「ツキ」とか「運」と書いてきましたが、

運には大別して3種類があります。

 

まず、天から授かる「天運」。

これは、何の理由もなく、降って湧いたように訪れる運です。

 

恵まれた環境に生まれる、宝くじで何億円も当たる、

というような、みなさんが通常、「幸運」と呼んでいるのは、

だいたいこの天運に恵まれている状態を指しています。

 

逆に、恵まれない環境で育ったり、事故などの災難に遭ったりして、

不運な場合は、天運に恵まれていないことになります。

 

天運は、人間の力ではどうにもなりません。

善人・悪人、勤勉・怠惰、能力の有無、努力の程度等々、

ふさわしい人に適切な運が授かるのではなく、まったくアトランダムに突然訪れる

・・・それが天運です。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「ツキの正体」(桜井章一)

(運を引き寄せる技術)

 

はじめに 〜(2)

 

私が打ち盛りだった頃、麻雀の大会によく我が子がついて来ました。

 

せめて子供の喜ぶ賞品でも取ってやろうか、と物色すると、

7位の大工セットとか、15位の花火セットなどが目につくのです。

 

優勝して、豪華賞品を7位や毅軌未両淺覆噺魎垢靴討發蕕Δ海箸發任るでしょうが、

私の中にはそれを許さない面白い自分がいて、

ぴったり7位なり15位なりに狙いを定めて麻雀を打ち、毎回その通りの順位となりました。

 

なぜそんなことが可能だったか、自分でもわかりません。

 

何十人もが参加して10卓近くでしのぎを削っている中で、

1卓だけでなく、すべての卓で自分の思った通りの順位になることなど、

知識や技術では到底かなわないことです。

 

私の望む質の運が働いたのでしょうか。

 

自分をコントロールするだけでなく、

そこに存在する全体の空気をコントロールして実現したのでしょうか。

 

いまだに言葉で説明することはできません。

運の良否とは、体験したものですら理解できない分野なのかもしれません。

 

ですから、この本を読むことによって、

「運をとらえられる術を知った」なんてゆめゆめ思わないでください。

 

そんなお願いをしながらツキについて書き著す私こそ、

不謹慎きわまりない人物であるかもしれません。

 

・・・悪しからず・・・。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

知識や技術ではとても届かない「運の領域」

 

それでも少しでも手に入るなら・・・なんて考えてしまいます。

次回からが、楽しみです。

 

 


「ツキの正体」(桜井章一)

はじめに

 

35歳の頃、周りの若者たちを集めて草野球チームを作りました。

 

「会長は監督兼選手です。監督には必ず現場にいてもらわなくてはいけません」

と若者のひと言。

 

それから15年間、一日も休むことなく、早朝草野球を続けることが出来ました。

 

私は特別野球が好きなのではありません。

ただ、若者たちとの約束を守っただけでした。

 

その後、集まってくる若者たちと一緒に麻雀を打つ「雀鬼会」を作り、

試合の日を一日も休むことなく今日に至り、数えてみると22年間が過ぎています。

 

草野球も雀鬼会も、私の都合を入れずに周りから決められたスケジュールを

黙々とこなし続けただけですが、振り返ってみると、たいした努力をしたわけでもなく、

運の良さが後押ししてくれたようなものだ、という実感があります。

 

そもそも麻雀というゲームでは、

知識や技術ではとても届かない「運の領域」が多くを占めています。

 

俺は10年打った、30年打ったよ、という体験も、

運という巨大な壁の前ではまったく意味をなしません。

 

立ちはだかる高くて厚いその壁を、努力や工夫で乗り越えようとするのは無謀です。

 

それよりも、すっとスルーしてしまう・・・

そういう感覚が「運を扱う」ということなのかもしれません。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「ツキの正体」(桜井章一)

(運を引き寄せる技術)

 

裏表紙より

 

ツキは、突然湧いてくると思われがちだが、実は人を選んでいる。

それは麻雀の卓上をさまよいツキを見れば明らかだ。

 

ツキを引き寄せるには「考えすぎない」「気づいたら即行動」

「一つのことに集中しない」「見返りを求めない」「遊び心を持つ」ことが不可欠だが、

具体的にはどうすればいいのか。

 

麻雀の世界で20年間無敗の伝説を持つ著者が、

場の空気の変化を敏感にとらえ、運の流れを見抜く方法を分かりやすく伝授。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

新連載になります。

 

最近「麻雀ゲーム」をやり出したら、”雀鬼”と呼ばれる人がいることを知りました。

次回から、紹介していきますので、「乞うご期待」です。

 

 


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