ゴルフ開眼 (摂津茂和)

希望を持て

あきらめは退歩への早道


スコットランドのある古いゴルフ・クラブの入口の門柱に
「ここに入る者は、すべての希望を捨てよ」と、
ラテン語で書かれた銅額がかかっているそうである。

いかにもイギリスらしいユーモアである。

これは多くのゴルファーが、朝は大きな希望に胸を膨らませてゴルフ場に行くが、
帰りには夢を打ち砕かれて、しょんぼりと家路を急ぐ無常感の風刺と解釈してもよいし、
あるいは大多数のゴルファーが、
最後にたどり着く諦観の境地を言い当てたものと解釈することもできる。

だが、これをわざとゴルフ・クラブの門柱に掲げたところをみると、
私にはどうもイギリス人得意の逆説のユーモアと思えてならない。

つまり私にいわせれば、これを看板どおりに受け取るのは、ユーモアを解せざるもので、
この文句の後に「もしダッファーをもって甘んじるならば」と付け加えてみれば、
たちまち立派な標語になるからである。

ゴルフがこれほど世界の人々から愛好され、またすべてのゴルファーが、
最後までゴルフをやめようとしないのは、ゴルフが常に希望を与えるからである。

例えば老年になってドライバーが飛ばなくなっても小技やパットで十分これを補うことができる。
現に私の親しいゴルフ仲間にも、70歳になってからシングルになったものさえいる。

また私自身の場合でも、壮年時代に比べて、
いろいろな点で、むしろ優れているように思える。

なるほどハンディキャップのほうは多少増えたが、
メンタル・サイドや、小技や、パットでは、はるかに進歩しているし、
この年になってももう一度シングルの復活の希望に燃えている。

ゴルフは不思議なゲームであって、
希望をもてば上達し、希望を捨てると退歩するものである。

ゴルフでは実にこれが如実に表れるのであって、
私の考えでは、ゴルフで一番いけないことは、自ら上達をあきらめることである。

言い換えれば、もしダッファーに甘んじたくなければ、
すべからく希望を捨てるなかれというのがゴルフの秘訣であって、
先に掲げたイギリス人のユーモアも、ひっきょうこの反語であろう。

私はこの稿を終えるにあたって、この言葉を一般ゴルファーに捧げる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この言葉を、肝に銘じておきます。

っていうか、今年も目標は「シングルを目指す」というものなので、
「希望を持ち続ける」のが、一番の必要と、思っています。


・・・・・・・・・・

昭和40年発行のこのほうでしたが、
古さは、さほど感じられずに、読み終えました。

ゴルフって、普遍的なものなんですね。
で、次回からは、昭和35年初版の本から紹介していきます。

「グリーンから100ヤード(シングルへの早道)」宮本留吉:著 です。

タイトル通り、ショートアプローチのレッスン本です。
すごく古いのですが、”普遍的”なレッスンが展開されるはずです。

乞う、ご期待!!

 

ゴルフ開眼(摂津茂和)

楽しくプレーせよ

勝敗にこだわりすぎるな


イギリスの三傑といわれたハリー・バードンは楽しむが如くプレーし、
ジェームス・ブレードは事務をとるが如くプレーし、
ヘンリー・テイラーはゴルフを嫌うが如くプレーした。

またアメリカのベン・ホーガンは怒るが如くプレーし、
サム・スニードは気取るが如くプレーし、
アーノルド・パーマーは戦うが如くプレーすると言われる。

いかにもこれらの名手たちの個性と面目とが躍如として目に見えるようである。

ゴルフのプレーには、このようにプレーヤーの性格が知らず知らず反映するのであって、
これは一般ゴルファーでも同じである。

だが、ここで考えてみなければならないことは、
名手の場合はそれぞれの個性がプレーの中に活用されて、
それがむしろプレーの原動力となっているのに反して、
一般ゴルファーの場合は、それが技術の上達を阻み、
あるいはプレーを妨害する原因になっていることが多いことである。

これはひっきょう多くの一般ゴルファーが自分の性格をコントロール出来ずに
それをプレーに露出しすぎて、
あべこべに自分で自分の性格に翻弄されているからであろう。

ゴルフでは、技術の練習とともに自分の性格的弱点をコントロールすることも
重要な課題であって、それには平常プレーにおける自分の心構えを確立することが、
一番良い方法であると思う。

たとえば前記の名手たちのプレーにおける特色は、
いずれもそれぞれ面白い風格があるが、もし一般ゴルファーが、自分の心構えとして、
このうちのどれを見習うべきかというならば、
私の考えでは、やはりハリー・バードンであろう。

アマチュアとプロとの本質的な相違は、ゴルフの目的が違うことである。

それを考えれば、アマチュアがあまりに勝敗にこだわりすぎて、
極端な自己本位のプレーをしたり、あるいは他人の迷惑も考えずに露骨に
感情を発散させるのは慎むべきであって、
またそういう節操のない態度では、技術の進歩向上も阻害されるのである。

そういう意味で、バードンの如く楽しくプレーすることが、
最も理想的な心構えであって、それは同時に心身にゆとりを与えて、
良いスコアを生む重要な原動力となると思うのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まったく、その通りですよね。
「ゴルフは、楽しいが一番」ですね。

 

ゴルフ開眼 (摂津茂和)

ショート・ホールの攻略法

アイアンで慎重に狙う


かつてイギリスのコース設計家のトム・シンプソンが、
コースの攻め方を研究するには、ショート・ホールを対象とせよといい、
その理由として、設計家が最も苦心するのはショート・ホールであって、
それはいわばコースの粋であるからだと言ったが、これは私もまったく同感である。

というのはショート・ホールが、他のロング・ホールの模範的な雛形である
という理由以外に、一般ゴルファーにもパーが取れる距離であることと、
そのためにこれがスコアをまとめるうえに、いわばとっときの稼ぎ場所であるところから、
ショート・ホールの攻略法の研究は、非常に重要な価値をもつと考えるのである。

もちろんショート・ホールにもいろいろ多くの様式があるが、
その作り方の基本方針について、前期のシンプソンは
「すぐれた設計のショート・ホールは、正しく打たれた完全なショットには
容易にパーを与えるかわりに、ミス・ショットや無考えに打たれたショットには
容赦なく5以上のストロークを与え、また計画的に4であげようとするものには
確実に4を与えるように出来ている」
と非常に面白い説明をしている。

おそらく多くの一般ゴルファーは、この言葉に思い当たるフシがあるであろう。

例えばショート・ホールを甘く見たり、無計画に打ったがために、思わぬ痛手を受けて、
せっかくのスコアを一片に崩してしまうのは、日常しばしば見られる例だからである。

しかもこの痛手くらいプレーヤーの戦意を挫くものはない。

近ごろはショート・ホールの距離が一般的に長くなったため、
ウッドのクラブを使うものが多いが、
私の考えではショート・ホールは原則的にアイアンで打つべきものであると思う。

言い換えればアイアンで乗せ得ないショート・ホールは、
最初から計画的にツー・オンを狙えということである。

これは一見消極的に思えるかも知れないが、前記のシンプソンの言葉をよく味わえば、
当然分るはずであって、なにより危険なのは、イチかバチかで打つことである。

つまりショート・ホールはそれくらい慎重に攻略すべきもので、
それは他のロング・ホールにもそのまま当てはまるのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうかそうか、分ったぞ!!
いつも、そう思っていたけれど、言われて初めてそうしようと思いました。

そう、アイアンで届かない距離のショート・ホールは、
最初から2オン狙いで”刻んで”いけばいい、んですね。

恰好が悪い、なんて言っていないで、積極的に刻んでいこうと思います。

これまで何度、ウッドや、UTで打って、「OB」や「池ポチャ」したことか・・・・・。
これで、気が楽になりました。これでいきます。

たまに、上りの180ヤードなんてホールもありますが、
これはとりあえず、「次に打てそうなところまで、なんとか運ぶ」ってことにします。


 

ゴルフ開眼 (摂津茂和)

無欲の価値

ストローク・プレーに皮算用は禁物


私の考えでは、一般ゴルファーの場合、ストローク・プレーには
特別な戦術や計画や技巧などは、それほど必要でないように思われる。

それよりもひたすら真剣に自分のベストをつくして、たとえ失敗に終わっても、
後に悔いを残さないようなプレーをするのが一番良い方法であると思う。

というのは、ボビー・ジョーンズのごとき名手ですら語っているように、
多数のものが争うストローク・プレーで、ただ一人が優勝するということは、
自分の力だけではどうにもならないものであって、結局は幸運が左右するからである。

これはストローク・プレーの性質上やむを得ないことであって、
マッチ・プレーのように相手に対する戦術や臨機応変の方法や、
あるいは相手のミスによって勝つというわけにはいかないからである。

言い換えればストローク・プレーでは、相手が多数のために、
どれだけのスコアを出せば優勝できるという計画や確信は、誰にも持てないのである。

それにもかかわらず多くの一般ゴルファーは、競技の前夜ともなれば、
明日はこうしてああしてと、いろいろな計画や目算を立てて、
取らぬ狸の皮算用をするが、さていよいよ競技となると、
大方はことごとく思惑が外れて、惨憺たる幻滅に終わるのが常である。

これは私の考えでは、ストローク・プレーの本質をわきまえずに、
なまじ戦術や計画や目算を立てるために、かえってそれにとらわれすぎて、
リラックスを失ったり、臆病なプレーをしたり、あるいは焦ったり、
やけくそになったりして、自ら破滅を招くのだと思う。

またそういうものに限って、
後になってああすれば良かったの、あのミスさえなかったらのグチが出るのである。

私がストローク・プレーにはヘタな計画や皮算用はしない方が良いというのは、
この意味からであって、それは言い換えれば、虚心ということであり、無欲ということである。

そういう謙譲な境地で、ただ真面目に自分のベストを尽くして、後は神様に委ねるというのが、
結局はストローク・プレーの最良の心がけであり、最上の要訣であると考えるのである。

なぜなら幸運はしばしば無欲なものに味方するからである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

確かに、”無欲”は、いいことだと思いますが、
スタート前に「目標スコア」などを設定することも、悪くないと思います。

ただ漫然とプレーするのではなくて、
「目標に向かって」頑張っていくのもいいんじゃないかと・・・・・。

そんな中で、無理にそれを達成しようとするのではなくて、
それこそ”無欲”の感覚でやれたら、それに越したことはないと思います。

って、難しすぎですね。

 

ゴルフ開眼 (摂津茂和)

忍耐

ゲームを捨てず勝機を待て


かつてイギリスの3傑の1人と言われた名手ヘンリー・テイラーに、
ある人が、マッチ・プレーの最大の秘訣は何かと聞くと、
即座に一言「忍耐」と答えたという話がある。

後年ボビー・ジョーンズも、彼の「ダウン・ザ・フェアウェイ」のなかで、
これと同じ事を言っているが、忍耐がマッチ・プレーの要訣であるという意味には、
いろいろな示唆が含まれている。

まず第一は、マッチ・プレーのようにマン・ツー・マンの勝負では、
どうしても精神力がものをいうのであって、
その緊迫した重圧感を耐え忍んで、長く持ちこたえるもとが有利である。

第2は、マッチ・プレーでは1ラウンドのうちに、
必ず1度や2度はチャンス(勝機)がおとずれるものである。

もちろんこれは相手にも言えることだが、
多くのものはこの勝機の到来を待たずに勝ちをあせって、
無謀な冒険やイチかバチかのショットをして、自ら墓穴を掘るのが常である。

それよりもひたすら満を持して、この勝機の至るのを待つことが大切である。

第3は、せっかく勝機をつかんで相手をリードしても、
それで安心や油断をしたり、あるいは守勢に転じたりすると、
相手につけ込む隙を与えて、思わぬ逆転の憂き目にあうものである。

相手に最後のとどめを刺すまでは、あくまで忍耐して気を緩めないことが大切である。

第4は、相手にリードされると、たちまち戦意を喪失して、
自ら勝負に見切りをつけるものが多いが、
ゴルフはいつどこで何が起こるか予測できないゲームであって、
にわかに相手が崩れることもあれば、自分にも思わぬ幸運が転げ込むこともあるので、
一縷の望みがある限りは最後まで粘って、絶対にゲームを捨てないことが大切である。

マッチ・プレーにおける忍耐の意義には、このような重要な教訓が含まれているのであって、
古来マッチ・プレーには、いろいろ多くの格言や要訣や、
あるいは戦術、駆け引きなどがあげられてきたが、
結局私にはどう考えても、この忍耐に勝る秘訣はないと思われるのである。

一般ゴルファーには往々マッチ・プレーをギャンブルのように考えるものがいるが、
これは大変な間違いである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マッチ・プレーでは、特に、そうなのだろうと思いますが、
普段やっているストローク・プレーでも、同じようなことが言えると思います。

特に、最初のホールで失敗すると、つい「投げやり」になってしまいますが、
勝機は、幸運は、待っていると「必ずやってくる」ことが最近分りました。

絶対に、あきらめないで、ベストを尽くしてやりましょう!!!

 

ゴルフ開眼 (摂津茂和)

風にさからうなかれ

ボールを素直に正しく打つ


イギリスのシーサイド・コースは強風が多いために、昔から風に対する研究が進み、
風の中のプレーだけは、今日でもイギリスの方がアメリカより優れていると言われる。

このためイギリスの技術書には、優れた風の研究が多いが、
それらの中で私が最も深い感銘を受けたのは、
ケンブリッジ大学のゴルフ部キャプテンで活躍したゴルフ評論家のヘンリー・ロングハーストが、
1937年に著した「ゴルフ」のなかの有名な「風の中のプレー」の一章である。

この一章は、最近までいろいろな技術書に引用されてきたが、その要旨を述べると、
彼はまずイソップ物語の「カシの木とアシ」の寓話の例を引いて
強風のプレーのときにはこの寓話を思い出して、その教訓を見習えというのである。

つまり風の中のプレーの最大の要訣は、カシの木の如く風に刃向かうことでなく、
アシのように風に従うことだと言うのであるが、この理由は、
大抵のプレーヤーが、強い逆風に対しては、少しでも距離を伸ばそうと力一杯に振り、
追い風には遠く飛ばすのはこの時とばかり、これまた渾身の力を込めて、
あべこべに風のエジキとなって、カシの木の愚を繰り返すからである。

それよりも強風に対してはいささかもこれに対抗しようなどと謀反気を起こさずに、
むしろ従順な気持ちで、平常よりも力を抜いた軽いスウィングで、
正しくボールを打つことに専念せよというのである。

言い換えればボールを素直に正しく打っておきさえすれば、逆風による距離の減殺は、
追い風のときに補われることになって、
そういう利害は風のなすがままにまかせるのが、一番賢明な方法だと言うのである。

風の中のプレーについては、ティーを高くせよとか低くせよとか、
スタンスやグリップをどうせよとか、その他クラブの選び方や横風の処置など、
いろいろな技法があるが、最も大切な風に対する基本的な心構えがなければ、
所詮これらの技法も生かされないのである。

ゴルフは本来人間が自然を征服するのではなく、自然が人間の英知をテストするゲームである。
特に風の中のプレーでは、このことを想起すべきである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

分かってはいるつもりでも、ついつい、”力んで”しまいますね。
気をつけないといけません。

それよりなにより、
強風だと、身体が安定しなくて困ります。
ちゃんと、立っていられないほどだと、どうしようもないですね。

 

ゴルフ開眼 (摂津茂和)

水の抵抗

極力避けたい”8・9番”


1961年セント・アンドリューズで行なわれた100年記念全英オープンの最終日に、
競技中突然未曾有の集中豪雨がおそって、全コースが水浸しとなったため、
ついに競技が中止されて翌日に延期となったが、このときの報道によると、
豪雨中に打った選手のドライバー・ショットは、すべて平常の半分くらいしか飛ばず、
中には3分の1程度のものもザラにあったと言われる。

これはゴルフ・ボールに対する水の抵抗が
予想以上に強いものであることを実証するよい参考である。

昔から雨と風は、ゴルフ・ルールに定義されていない2大ハザードだとよく言われるが、
確かにその通りで、場合によっては、雨は風よりも手強いハザードであるかもしれない。

水の抵抗がいかに強いものであるかは、
試しに水溜りから半分顔を出しているボールを打ってみるとよく分る。

それはちょうど厚いゴム板を打ったような手ごたえとともにクラブ・ヘッドが跳ね返されて、
よほどの強力なプレーヤーでない限り、ボールを打つことはできない。

この水の抵抗は、もちろん水の多寡によって違うが、しかし単に芝が濡れている程度でも、
予想外に侮りがたいのであって、これが最もはっきり現れるのは、
ラフにおけるボールを打つ場合と、グリーンにおけるパットの走り方である。

これには相当経験のあるプレーヤーでも、
しばしば判断を誤って、過失を招くのである。

その意味で、私は雨中のプレーというものは、
ひっきょう水の抵抗に対する戦いと考えるのであって、
多くの一般ゴルファーが雨天のときにひどく崩れるのは、
この恐るべき潜在力を持った水の抵抗についての知識が欠如しているか、
あるいはこれを甘く見るかのいずれかが最大原因であると思う。

その対処法としては、まず第1に、
すべてのクラブの機能を平常と同じように考えてはならないことである。

さらに具体的に言えば、水の抵抗に対して最も弱点を持つ
フェアウェイ・ウッドや8番や9番アイアンの使用を極力さけることである。

なぜなら雨中では、5番アイアンがしばしばフェアウェイ・ウッド以上の効力を発揮し、
7番アイアンが9番アイアンと同じ機能を発揮するからである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

え〜〜え。

フェアウェイ・ウッドの替わりに5番アイアン、9番の替わりに7番アイアンって、
はじめてききましたが・・・・・・。

今度機会があったら、試してみます。

が、そもそも、「雨天の予報の時にはラウンドしない」ようにしています。
そう、最近は特に、”軟弱”になってしまっています。

っていうか、やっぱり、思ったように行かなくて、面白くないからですね。
ただでさえ、上手くいかないのに・・・・・。

それでも、雨が上がっていたりすると、下が湿っていて結果は同じなのに、
ついラウンドしたくなって、行って、後悔したりしています。

・・・・・・・・・・

遼くんは、結局、2日目終了で「75位タイ」でした。

1打少ないと「60位タイ」まで上がれる混戦なので、
明日は、1打1打を大切に、頑張って欲しいですね。


 

ゴルフ開眼 (摂津茂和)

斜面の法則

飛球の方向を考えよ


丘陵コースの多いことでは、おそらく日本は世界一であろう。

それだけに一般ゴルファーにとっては、
いやがおうでも斜面の打ち方を知っておく必要がある。

また平坦なコースでも、小さな起伏はいくらもあり、特にすぐれた設計のコースでは、
巧妙なアンジュレーションが目立たないように作られているので、
斜面の打ち方はゴルフでは重要な部門の一つである。

それにもかかわらず一般ゴルファーの中には、
斜面の打ち方を知らないものが意外なほど多い。

これは普段そういう練習が出来ないせいもあろうが、
そのためにせっかくボールはフェアウェイにありながら、
みすみす打ち損なって毎度スコアを増やしているのは、どう考えても賢明とは思えない。

もっともこれには従来の技術書の教え方にも、多少責任があると思われる。

というのは、ご存じのごとく斜面には、アップヒル、ダウンヒル、
ボールが足より高いサイドヒル、ボールが足より低いサイドヒルの4つの場合があるが、
これまで多くの教師は、それぞれの斜面における体形の取り方や、
クラブの選び方や、スウィングの方法などに重きをおいて、
私から言えば最も重要な問題と思われるこれらの斜面が
ボールの飛球方向に与える必然的なクセについての説明を、補足的に扱っているからである。

このため一般ゴルファーの斜面の打ち方を見ると、
事前に飛球の方向に対する考慮が欠けていることによって、
せっかくボールを上手く打っても、方向で損失を招いている場合が非常に多い。

これはまことにバカバカしい損失であって、
次のような斜面の法則を心得ていさえすれば、招かずに済むことなのである。

.▲奪廛劵襪魯侫奪となるから目標の右側を狙え。
▲瀬Ε鵐劵襪魯好薀ぅ垢箸覆襪ら目標の左側を狙え。
ボールが足より高いサイドは(左上がり)フックとなるから目標の右側を狙え。
ぅ棔璽襪足より低いサイドは(左足下がり)スライスとなるから目標の左側を狙え。

つまり私の考えでは、斜面の打ち方では、これだけのことを知っておくほうが、
他の方法論より優先すべき問題であると思うのである。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今では、わりと一般的に教えられていると思いますが・・・・・。

注意してやっています。


 

ゴルフ開眼 (摂津茂和)

強い相手とプレーせよ

闘志もわき鍛錬にも役立つ


一般ゴルファーにとっては、普段気の合った親しい間柄で、
腕前も同じ程度の者同士でプレーするのが、一番楽しいものだが、
そのかわりそういうプレーをしていると、腕のほうはさっぱり上達しないものである。

というのは、そういう仲間では互いに技術的に学ぶところもなく、
また実践に必要な精神的鍛錬も得られないからである。

もっともそれでもよいという人は別だが、もし本当に技術の上達を望むならば、
普段出来るだけ上手なプレーヤーと一緒にプレーすることが大切である。

そうすれば相手から学ぶことが多く、またプレーも真剣になり、
なにくそ負けるもんかというファイトも沸いて、
ゴルファーの最上の武器である強靭な神経を養成できるからである。

多くの一般ゴルファーが、いざ実践になると、普段の力量が発揮できずに、
もろくも崩れてしまうのは、多くの場合、技術よりも心理的動揺によるのであって、
例えば固くなりすぎたり、相手に飲まれたり、
あるいは相手のプレーにショックを受けたりして、自ら精神的に委縮するためである。

そういうのは、平素いかに良いスコアが出ても、本当の実力とはいえないのである。

かつてウォルター・ヘーゲンが、イギリスの新聞記者から、
なぜアメリカのプロは強いのかと聞かれて、
それは普段強い者とばかり試合をするからだと答えたというが、
これは一般ゴルファーにもいえることであって、私の経験と見聞からいっても、
ゴルフに早く上達した者は、特別の先天的才能に恵まれた者は別として、
たいていは下手なうちから上手なプレーヤーに混じって、
さんざんカモ扱いにされ、手痛い目にあわされた者が多いのである。

俗に「上手くなりたければ、それだけの月謝を払え」とよく言われるが、
例えカモ扱いにされても、それを月謝と思えば済むわけで、
月謝も払わずに上手くなろうと考えるほうが間違いなのである。

ゴルフの上達には、技術の他に、精神的鍛錬が不可欠の条件であるが、
これだけはいくら練習場に通っても修得はできないのであって、
それには普段出来るだけ多くの上手なプレーヤーとプレーして、
さんざん苦い目にあわされるのが、なによりの秘訣である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

私も同感で、月に3回のラウンドが出来るとすると、
1回は、親しい友人とプレーして、
後の2回は、「一人予約」でプレーするようにしています。

「一人予約」でも、
(申し訳ないのですが)あちこちにアンテナを張っておいて、
上級者が参加している日を選んで、ラウンドを決定しています。

当然、緊張したり、恥ずかしい思いもしますが、
上達には、これがいいかな。と思っています。

得るものが、凄く多いですから・・・・・。

 

ゴルフ開眼 (摂津茂和)

メンタル・パターン

打つ前のイメージ


昔から多くの教師たちは、プレーヤーがショットをするときには、
頭の中にメンタル・パターンを描くようにせよということを、よく言う。

メンタル・パターンとは、自分が行なおうとするスウィング
またはフォームの模擬像のことで、打つ前にそれを頭の中に描くようにすると、
それが大なり小なり実現されて、良いショットが出来るというのである。

確かにこれは効果的な方法であって、例えば自分が真似ようとする特定のプロの
スウィングやフォームを頭の中に描いていると、ある程度それに似るものである。

かつて宮本留吉選手が、ヘーゲンのスウィングに傾倒して、
常にそれをメンタル・パターンとしていたら、
その後あるアメリカのプロが始めて宮本のスウィングを見て、
ヘーゲンのクセまでそっくりだと言ったという話がある。

だが、メンタル・パターンは必ずしも特定の人物のスウィングやフォーム
のみに限らずに、自分が実行したいと思う方法を、部分的に形に描いても良い。

例えばインパクト・エリアまでクラブをためながらダウン・スウィングする形とか、
インパクトで頭を不動のままクラブを振り抜く形を念頭に描くのである。

またメンタル・パターンとは、やや意味が違うが、スウィングする時に、
便宜上実際とは違う仮想の図を描くことによって効果を上げることがある。

例えばクラブ・ヘッドの軌道は実際には曲線であるが、
これを部分的に直線のごとく仮想してスウィングするのも、その一例であって、
教師によっては初心者をコーチするときに、この方法をとる者がいるが、
これはあらかじめ便宜上の仮想であることを知っておかないと、錯覚に陥る恐れがある。

一般ゴルファーはたいていボールを打つ前に、
いろいろな注意事項を頭の中で自分に言い聞かせるものである。

ところが、いざスウィングを始めると、途端にそれを忘れてしまう場合が多いのは、
心理学的に言えば、思考が筋肉に伝達される反応作用が、
急速な運動に追いつけないためではないかと思われる。

これに対しメンタル・パターンを描くと効果があるのは、
注意事項を一つの図像として描くために、
それだけ反応作用が、敏速かつ容易に行なわれるからであろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ってことで、まさに今、自分が取り組んでいることですね。

なかなか、いつも同じように、描けなくて困ります。
言葉で誘導するのですが、その言葉がまだ、まだ、ちゃんとしていないからですが・・・・・。


 

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