禅ゴルフ(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

記憶の力 〜(2)

 

さて、もしここで私が、2年前の今日取った朝食の内容を尋ねたとしたら、

読者はおそらく覚えていないだろう。

 

しかし、もしその日の朝食時に、

奥さんから第1子を身籠ったと聞かされていたとしたら、

その瞬間も朝食の中身もおそらく鮮やかに思い出せることだろう。

 

同じだけの時間が流れたとしても、これら2つの経験の一方には、

はるかに多くの感情が込められているから、

まざまざと思い出すことが出来るわけである。

 

1mのパットを決めたとき、

いささか安堵することはあっても、普通あまり大きな感動は沸いてこない。

 

しかし、そのパットをミスすると、我々は苛立ちと怒りで反応する。

そのような感情的反応は深く記憶に刻み込まれる。

 

ということは、次に同じような距離のパットをする場合、

前のパットをミスしたイメージが頭に浮かんでくる可能性が高いことを意味する。

 

そして、不吉な予感ほどよく的中し、我々はパットが下手だと思い込む。

このような負の連鎖反応は、

シニアゴルファーがパッティングで苦労する一つの理由だ。

 

精神の安定性に問題があるのではない。

彼らは、若い連中より多くのミスパットを記憶しているだけのことである。

 

コース(あるいは人生)における特定の状況に関して、

よくない記憶をどっさり引き摺っていれば、同じような状況に直面した場合、

どうせまた失敗するに違いないと、はなから考えてしまう。

 

「悪い予感は的中する」の項でみたとおり、

物事を否定的に考えていると、結果は必然的にその通りになってしまうのだ。

 

だから、ミスショットに対する悲観的な反応に圧倒されないことが非常に重要だ。

 

ショットのあとのルーティンでは、

悲観論者からクールな傍観者に変身するために、最善を尽くしてほしい。

 

窮地に立ったら、

「なるほど、これは面白いことになったぞ」と言える心の余裕を持つことをお忘れなく。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

私の場合は、

そんなに悲観論者ではないので、たぶん、大丈夫。

 

そして、上手くいかなかったら、”道具のせい”にして処理します。

 

なので、シャフトを斬ったり、ヘッドに鉛を貼ったり・・・

なんか、”物理的”に解決しようとします。

 

イメージとしては、

「腕は悪くない、悪いのは道具だ」って感じですね。

 

 


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PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

記憶の力 〜(1)

 

腹立たしい思い出や考え方が我々の行動に著しい影響を与えるのは、なぜだろうか。

成長の過程で、我々は正しい行為を求められ、悪い行為は罰せられた。

 

コースに出ても、我々はそのような目で自分自身を見て、自らに完璧を期し、

ミスショットが出ると自責の念に駆られる。

だから、リラックスしてプレーを楽しむことがなかなか出来ないのは、当然のことだ。

 

感情を掻き立てるような体験は、一般的な体験より深く記憶に刻み込まれる。

そのような体験の中で喚起された感情の余韻は深く、人の行動に特別の影響を及ぼす。

 

人間の脳はそのように”配線”されているが、

これは先史時代から受け継がれてきた生き残りのためのメカニズムなのである。

 

仮に、石器時代の穴居人の女が大岩の向こう側で剣歯トラの巣に出くわして怖い思いをしたとする。

その場合、自分の生き残りのために、この女はその大岩のことを記憶しておけば役に立つ。

 

同じことは、嬉しい体験をした場合についても言える。

 

もう一つ別の大岩の向うで、良く熟した果物が枝もたわわに実った林を見つけたとする。

この場合も、穴居人はこの大岩を本能的に記憶に止める。

 

しかし、大岩の向こうまで歩いても、そこで見たものはさらに多くの大岩だけだったとしたら、

貴重な脳の機能を使ってまで、わざわざこの大岩を覚えておく必要はないのである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

ショットの後のルーティンの勧め 〜(4)

 

ゴルファーの心には悲観論者的な部分があって、

何かいいことが起きてもなかなか納得しない反面、

良くないことが起こると、

それをすぐに最悪の事態と受け止めてしまう。

 

例えば我々は、何ラウンドもプレーして、

何ホールもパットをカップにねじ込んでからでないと、

自分はパターが上手いと思わない。

 

しかし、パットが入らなくなると、

我々はたちまちパターが下手だと思い込んでしまうのである。

 

そして、たった一度のミスショットを、

スウィングに何か問題がある兆候ととらえてしまう。

 

前に述べた無制限の自信に基づく視点を持てば、

たった一度のミスショットで自信を喪失することはなくなるのである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

私の場合、最近は、

「ミスショットは、道具のせい」と考えることにしています。

 

なので、ミスがあると、スウィングはいじらずに、道具をいじります。

(これも、問題なんでしょうが・・・)

 

 


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結果への対応

 

ショットの後のルーティンの勧め 〜(3)

 

ミスショットが出ると、たいていのゴルファーは

(冷静さを取り戻し、こぼすのを止めた後で)原因を確かめようとする。

 

私が勧めるショットの後のルーティンでは、

ここでスウィングをいじろうとしないことが極めて重要だ。

 

確かに、ミスショットは自分が行なったスウィングの結果である。

しかし、そのようなスウィングになったのは、何かのせいなのではないだろうか。

 

そのショットを打つ前に、スウィングの仕方を忘れてしまったわけはない。

なにか邪魔が入ったのだ。

だから一歩退いて、何が本来のスウィングを妨げたのか考えて欲しい。

 

ショットへの準備と精神状態は完璧だったか。

ナイスショットがしっかりイメージできていたか。

選んだクラブとショットのタイプに十分な確信を持っていたか。

スウィングを始めるとき、落ち着いていたか。

そして、心の準備はできていたか・・・・・。

 

スウィングしている間、

スウィングのテクニカルな部分にこだわり過ぎていなかったか。

自分のスウィングを信じていたか。

 

それとも、スウィングを意識的にコントロールし、

ボールを置きにいこうとしなかったか・・・。

 

以上の点を熟考した上で、心の準備は万全だったと感じたら、

アライメント(方向取り)、ボールの位置、

あるいはセットアップの姿勢に関わるその他の面を再検討してほしい。

 

以上のうちの一つでもミスショットの原因になっているとしたら、

自分のスウィングに疑問を抱いたり、調整しようなどとしないくていい。

 

次のショットで、直すように最善を尽くせばいいのである。

 

スウィングにどのような問題があったとしても、

コースで調整しようとするとまず失敗に終わることを、忘れないでほしい。

 

ラウンド中にスウィングを修正しようとすると、

欠点を補うはずの動きが複雑に絡み合い、体はもつれてしまう。

 

だから、スウィングがまずいと思っても、決して修正しようとしてはいけない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

私の場合は、ミスショットには、

スウィング以外の別の要因がすぐにわかってしまって、

それを修正しようとかの考えに至ることはありません。

 

というか、今のスウィングには、

他に変えられる要素が思いつかないから、これしかないと思っています。

(良くても、悪くても・・・という意味ですけど)

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

ショットの後のルーティンの勧め 〜(2)

 

しかし、ひどいショットをしたときは、感情を爆発させるのを止めて、

いくぶん覚めた感情で現実を理性的に考えるようにする。

「フン、これは面白いことになったぞ」と思えれば上出来だ。

 

ショットの結果をさらに突き放して考え、

「これは自分らしくないショットじゃないか」と呟くのも悪くない

(これを勧めると、ゴルフスクールの生徒たちはたいてい大笑いする)。

 

誰でも、初期の反応はおそらく怒りや苛立ちだろう。

しかし、感情的な対応はできるだけ早く抑えることが重要だ。

感情に押し流されると、起こったことの本質が正しく理解できなくなる。

 

感情の嵐の中では、洞察力は生まれない。

冷静さを保てば、たった今体験したことを熟慮し、そこから何かを学ぶことが出来るのである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

まずは、

「感情を爆発させるのを止める」ですね。

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

ショットの後のルーティンの勧め 〜(1)

 

ゴルファーは、いい結果を再現するために努力するかたわら、失敗から学ぶことが必要だ。

ナイスショットの場合もミスショットの場合も、大半のゴルファーの対応は共通している。

 

フェアウェイの真ん中にティショットを打った場合、

我々はボールが着地する前に屈み込んでティを拾い上げる。

だが、ミスショットすると、着地するまでボールから目を放さず、その後で腹を立てる。

 

ここに挙げるのは、こうした反応の逆をいく”ショットの後のルーティン”である。

 

思い通りのショットが出たら、ある程度は感情を露わにしてもいい。

「よし!」と心の中で言ってもいいし、別の表現を使ってもいい。

そうすることによって、ナイスショットの体験が自分にとって、より価値あるものになるからだ。

 

フィニッシュの姿勢を取ったまま、着地するまで白球が描く放物線を目で追うこと。

そうすれば、ナイスショットのイメージが心に焼き付けられるから、

同じようなショットを打つ必要が生じた時、その経験が生かされるわけである。

 

これはいわば、

自分の「ベストショット・ビデオ図書館」にその一打を」収蔵しておくようなものだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

まずは、いいショットが打てたら、

「フィニッシュの姿勢のまま、着地するまで放物線を目で追うこと」ですね。

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

「結果への対応」は、”PAR"式戦略の第3段階である。

 

成功したら自信を深め、失敗しても自分を責めることなく何かを学ぶ・・・。

このように対応することがもっとも望ましい。

 

本項では、ユニークな”ショットのあとのルーティン”を通して、

否定的な思考と自己破壊的な振る舞いの存在を認識し、それを排除する方法、

そしてプレーにとって有害な習慣を変える簡単で強力なテクニックを取り上げる。

 

いいショットを打ったら率直に喜んで自分自身を奮い立たせ、

まずいショットが出ても心の動揺を最小限に抑え、

どんなことが起こってもユーモアのセンスを忘れず、自分を責めることを止める・・・。

 

あらゆる結果に対して以上のように対応すれば、

成功につながる最高のチャンスに見舞われるのである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

次回からが、楽しみです。

 

 


禅ゴルフ (ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

高望みの果て 〜(3)

 

そのあと、

我々は間近に控えたトーナメントでの、ブライアンの目標を設定した。

 

しかしこれは、スコアと順位の絡む結果志向の目標ではなく、

我々が洗い出したいくつかのショット毎にいいイメージを抱いて打つことと、

目先のショットに専念し、十分な準備を行ってからショットすることである、

 

最も重要なことは、

「途中で手抜かりがなければ、自ずと良い結果が出る」ことを信ずるという点だった。

 

肝心なポイントを思い起こすために、ブライアンは、

ショットする前に毎回参考にするヤーテージ・ブックの表紙に次のような文言を記したのだった。

 

現時点のことだけを考えるために、彼が書いたのは、

「一度に1ラウンド、一度に1ホール、一度に1ショット以上のことを考えるな」だった。

 

平常心と集中力については、こう書かれていた。

「落ち着け。そして、イメージを鮮烈に」

 

そして、自分自身を信じ、実力の範囲でプレーすることについては、

「特別なことをしようと思うな。高望みは禁物」とあった。

 

ブライアンは、

決勝のほぼ全ラウンドにわたってこれらの心得を見事に実践し、快調に飛ばした。

 

そして、30アンダーパーの最終スコアで、

PGAツアーの多くのベテランを交えた合計170名の出場者の中で2位に入ったのだった。

 

ブライアンは、自分がそれまでに戦ってきたプロトーナメントの中で最高のプレーをした。

しかも彼は、それを自分にとって最も厳しいトーナメントで、見事に果たしたのである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

目標を、スコアや順位などの結果志向ではなくしたのはいいですね。

わたしもそうしてみます。

 

主要4コースについては、すでに、ボギーオンの計画を立ててあるので、

それを、実際に実行することを目標としてみます。

 

ホールごとに、達成出来たら「○」をつけていきます。

もちろん、目標は=100%ですね。

 

 


禅ゴルフ (ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

高望みの果て 〜(1)

 

ブライアンは12年前にPGAの”Qスクール”に入ったが、以来、毎回不合格だった。

 

Qスクールとは、プロ志望者のための一連のトーナメントで、

合格者は決勝の厳しい6ラウンドで決まる。

出場者全員の翌年のキャリアがかかっているから、決勝のプレッシャーは尋常ではない。

 

私がブライアンに会ったのは、Qスクールの決勝ラウンドの2ヵ月前のことだった。

彼は私に、ゴルファーとしての経歴、自分の夢と不安、長所と短所などについて話してくれた。

 

我々は、どのようにショットに備えるか、

そして、結果が良くても悪くても、それにどのように対応すべきかについて語った。

 

ブライアンもその他多くのゴルファーも、快調に飛ばしているうちに、

惨めな結果に対する恐れが突然首をもたげて伸び伸びしたスウィングを妨げ、

墓穴を掘ってしまうことが時たまある点にも触れた。

 

話し合いの結果、ブライアンは、

ゴルフとコースにおける自分の振る舞いを、新しい観点から見るようになった。

 

トーナメントまでの2か月間で、

我々は彼のプレーの質に重大な影響を及ぼす、次のような重要な問題点を洗い出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続く。

 

 


禅ゴルフ (ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

飛距離を欲張ると

 

ティショットはいつも”レイアップ”のつもりで

 

レイアップすれば、ほとんどのゴルファーはいい結果に見舞われる。

レイアップの目的は、単に、

次のショットが打ちやすい地点にボールを運ぶことに過ぎない。

 

ここでは、出来るだけ遠くに飛ばすことも、

カップの側につけることも、努力目標ではない。

 

レイアップのショットでは、通常はハザードの側は狙わない

(レイアップの本来の目的は、ハザードを避けることなのだ)。

 

このような理由で、レイアップ・ショットをする場合には

あまりプレッシャーがかからないから、ほとんどの場合、

スムーズでリラックスした、リズミカルなスウィングが出来る。

また、最高のショットが出る場合も多い。

 

ある時、ドライバーが非常に不調だったため、

ナイスショットの出る3番ウッドでティショットすることにしたという生徒がいた。

しかし、どうやら3番ウッドもドライバーなみに調子が狂ってきたらしかった。

 

この生徒は、”距離稼ぎ症候群”に冒されていたのである。

どのクラブを握っても、ティショットを出来るだけ遠くに飛ばそうとしていた。

 

その日の午後に行なわれたレッスン・ラウンドの冒頭で私は、

ティショットをレイアップ・ショットと見なして、

3番ウッドで楽に届きそうなフェアウェイのスポットを選ぶように、と彼に言った。

 

リラックスしてスウィングし、ショットがフェアウェイの真ん中を飛んで

ターゲットの先まで行くのを見て、彼は喜んだ。

 

読者の皆さんも、ミドルホールとロングホールのティショットは、

すべてレイアップショットと見なしてほしい。

 

どんなクラブを使っても、決してできるだけ遠くまで飛ばそうとしないで、

楽に届くフェアウェイの安全な地点をターゲットとして選ぶこと。

 

そうすれば、無理なスウィングをする必要はなくなるし、

ナイスショットが出る可能性は高くなる。

 

また、リラックスしてスウィングできるから、何度打っても、

ボールが想像以上に遠くまでフェアウェイの真ん中に飛んでいくことに、

びっくりするに違いない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

う〜ん。

 

”飛ばそう”って感じでは、ないはず(自分では)ですが、

ついつい、リキんでしまうのは、やっぱり、どこかで、”飛ばしたい”と思っているから・・・。

 

”レイアップのつもりで” → ターゲット地点を決めて(無理ない地点ですね)。

これしかないですかね・・・練習してみます。

 

 


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