「ゴルフ大全」(マイケル・ホッブス編)

第3章 偉大なる男たち

 

商売上手のチャンピオン ハーブ・グラフィス(1975年) 〜(3)

 

キャディマスターのジョージ・ヒューズはアイルランド人であり、

サラゼンに好意を持っていたとはお世辞にも言えなかった。

 

ところが1番ティで客と会うなり、

たちまち皆を笑わせてしまうサラゼンの才覚を認めないわけにはいかなかった。

 

彼が述懐したところによると、おかしなイタリア少年の将来について、

多分、エド・サリバン・ショーあたりに出演する漫才師になるだろうと考えたそうだ。

 

彼が15歳を迎えても、家計は一向楽にならなかった。

 

そこで一家の暮らしを助けるために、第1次世界大戦のあいだ、

彼は近くの工場に勤めて、日に15時間も働き続けた。

 

父親は博学だったが新天地アメリカと馴染まず、職にありつけなかった。

母親は近所でも評判の聡明な女性で、

彼女のシチューと微笑みは比類ないと誰もが口を極めた女性である。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「サクリファイス」(近藤史恵)

最近読んだ本を紹介するコーナーです。

 

 

今回は、「近藤史恵」の『サクリファイス』です。

 

優れた小説は、その題材にまで読者の興味を引っ張っていくものです。

「ツール・ド・フランス」すら知らなかった僕は、

気付けば新聞のテレビ欄をめくり、ロードレースの中継を探していました。

それはひとえに作品の力であり、競技の魅力でもありますが、

テーマと題材がここまで不可分に一致した例を、他に知りません。

タイトルの意味「犠牲」が示す通り、爽やかなだけの物語ではありませんし、

最後に渡されるバトンは、とても重いものです。

なのに、読後の印象は前向きで、とても清々しい。

色々と申し上げましたが、言いたいことはシンプルです。

とにかく読んでみて下さい。絶対に損はさせません!

決して長くないこの厚みの中で、これだけの感動と物語を描き出すことが出来るのか!

と、きっと驚かれることと思います。

 

犠牲(サクリファイス)という名の、”アシスト”の仕事は、

何となくは分かっていたのですが、この物語でしっかりと分かりました。

 

”アシスト”をしっかりこなす人、そしてそれを乗り越えて”優勝”を目指す人。

ロードレースにも、興味がわいてきましたね。

 

 


「ゴルフ大全」(マイケル・ホッブス編)

第3章 偉大なる男たち

 

商売上手のチャンピオン ハーブ・グラフィス(1975年)〜(2)

 

それでも、彼がキャディとして身をたてるまで、平穏ではなかった。

 

ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアの一帯では、

乱暴で腕っぷしの強いアイルランド系の子どもたちがキャディの縄張りを独占してきた。

イタリア系の本名ユージン・サラチェーニ少年が割り込む余地など、どこにもなかった。

 

当時、ラーチモンドCCのプロ兼キャディマスターを勤めていたフレッド・ビセリは、

度量の広い男だった。

 

彼は利発で人の言うことをよく聞き、マメに仕事をこなす少年ならば、

国籍を問わず誰にでもチャンスを与えようと考えていた。

 

彼の弟が、わずか8歳になったばかりのイタリア系少年に、

とても利口な子がいるので面倒を見てやってほしい、と口添えしてきた。

 

少年はハリソンから40分もトロッコ列車に乗ってやってくると、

1910年からキャディとして働きはじめた。

 

9ホールしかなかったラーチモンドCCでは、客の数も限られていた。

 

3年間、彼は必死になって働いたが、

ただの1度もポケットがチップで膨らんだなんてことはなかった。

 

そこでライにあるアパワミス・クラブが、

ゴルファーの数も多くて経済的にも恵まれると聞いて、

そこに移籍すると、メンバーのために早朝から深夜まで献身的に働き続けた。

 

時計、メガネなどの忘れ物があると、

2時間も夜道を歩いてメンバーの家まで届けたことも再三だった。

 

さらに彼は、この頃からゴルフの面白さに取り憑かれて、

暇さえあればメンバーが捨てた古いクラブとロストボールを集め、

猛烈にボールを打ち始めた。

 

それでも練習時間が足りず、

ハリソンのイタリア人居住区にある自宅からコースまでの7キロの道のりを、

1日とて休まずボールを打ちながら往復したのだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「ゴルフ大全」(マイケル・ホッブス編)

第3章 偉大なる男たち

 

商売上手のチャンピオン ハーブ・グラフィス(1975年) 〜(1)

 

ウェストチェスター・カントリークラブが主宰する「キャディ養成所」出身者の中で、

ジーン・サラゼンほど有名になった男はいない。

 

彼の出現によって、キャディの存在に大きな意味が生まれたと同時に、

この仕事に関心を持つ若者までが急増したのである。

 

同時代のウォルター・ヘーゲンが、彼独特のスタイルで伝説的人物になったように、

ずんぐりしてめっぽう元気のいいサラゼンは、トレードマークのニッカ―ボッカ―と、

たとえ嵐の中であろうと胸を張って豆タンクのように突進するスタイルで自らの伝説を築いていった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「SHOE DOG」(フィル・ナイト)

最近読んだ本を紹介するコーナーです。

 

 

今回は、「フィル・ナイト」の『SHOE DOG』です。

 

フィル・ナイト 世界最高のブランド「ナイキ」を創った男

 

読者は素晴らしい学びを得るだろう。驚愕の物語だ。ビル・ゲイツ

フィル・ナイトは天性のストーリー・テラーだ。ウォーレン・バフェット

 

「ナイキ」の”起業”の物語です。

 

楽しさより、苦しさの方が多いようで、

”靴造り”が本当に好きでないと、なかなか、出来ることじゃあないですね。

 

それにしても、この分野、日本が頑張っていたのはあまり知りませんでした。

 

そもそもは、オニツカ・タイガーの販売から入ったフィル・ナイトだったし、

「ナイキ」を後押ししていたのが「日商岩井」だったなんて・・・。

 

 


「グリーンから100ヤード」(宮本留吉)

ウッドショットのコツ(5)

 

ダウンスウィングでは極力インサイドアウトに

 

ダウンスウィングで大切なのは、

できるだけインサイドアウトにクラブを振り下ろすことだ。

 

それには右ヒジを自分の体の前(右腹の前)に持ってくること。

これを常に意識して練習すればインサイドアウトになるコツが分かってくる。

 

と同時に前述のように右カカトが飛球線に沿って上がるようにすること。

それには右ひざを飛球線に沿ってターンさせていく。

この方法でやれば、サイドブローの線を描いてクラブヘッドが下りてくる。

 

そしてインパクトからフォロースルーでは左手を出来るだけ飛球線に沿って出し、
右手はこねくりまわさないことだ。

 

アウトサイドインに入るとクラブヘッドもダウンブローに入り、

インパクトから右手首の返りが大きくなりすぎ、右肩が起き上がってしまう。

 

これは一般に多いスウィングだからよく注意すること。

トップやダフリ、あるいはスライス、フックの原因はみんなこれからくる。

 

なおトップやダフリの多い人は、

インパクトからフォロースルーにかけて左手を飛球線に沿って出し、

しかもフォロースルーを低く小さく止める練習をするとミートのコツが分かってくる。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

う〜ん。

ちょっと難しいですね・・・。

 

 


「光」(三浦しをん)

最近読んだ本を紹介するコーナーです。

 

 

今回は、「三浦しをん」の『光』です。

 

島で暮らす中学生の信之は、同級生の美花と付き合っている。

ある日、島を大災害が襲い、信之と美花、幼なじみの輔、そして数人の大人だけが生き残る。

島での最後の夜、信之は美花を守るため、ある罪を犯し、それは二人だけの秘密になった。

それから20年。妻子とともに暮らしている信之の前に輔が現れ、過去の事件の真相を仄めかす。

信之は、美花を再び守ろうとするが・・・。

 

殺人者の話ですが、なんとなく味方になろうとしてしまいます。

なんか、変な感じにさせられる物語ですね。

 

 


「インフルエンス」(近藤史恵)

最近読んだ本を紹介するコーナーです。

 

今回は、「近藤史恵」の『インフルエンス』です。

 

誰にも知られてはいけない。

私たちが繋がっていることを・・・。

 

3人の少女を巻き込んだ不可解な事件

 

由梨、真帆、里子。

大人になった3人の人生が交差した時、衝撃の真実が見える。

 

「あのね。よく聞きなさい。昨日、団地で男の人が殺されたの」

知っている。わたしが殺したのだ。

母は続けてこう言った。

「警察に里子ちゃんが連れていかれたの」

 

なんか、不思議な話で、ついつい読み続けてしまいました。

いつもとちょっと違う感じ・・・が、いいですね。

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

習慣の変え方 チェック・マークの効用 〜(4)

 

癖を直す過程は、自分を”褒めてやる”ことによってさらに大きな効果を発する。

 

あらかじめスコアカードに”お見事”の印を記入しておいて、

”取り敢えずショット”や、その他直したいと思っている癖が事前に察知出来たら、

その都度、チェックマークを記すようにするといい。

 

また、この”チェック・トリック”方式を使えば、

ラウンド中にゴルファーが決してしてはならないことをしてしまう習慣を変えることが出来る。

 

”してはならないこと”はたくさんあるが、ここにいくつか例を挙げておく。

 

*先のことを感は得ること。

 スコア、残りのホール、試合の結果、(選手の場合)プレスに対するコメントの内容、など。

 

*済んだことにこだわること。

 前のホールのミスショットを思い出して、いつまでも自分を責める。

 過去を思い出し、良かったショットやラウンドの思い出に浸る。

 

*パットやアプローチをショートすること

 (これはハイハンディのゴルファーに共通の癖である)。

 

*自分の益にならない独り言を言って、次第に落ち込んでいくこと。

 自分に腹を立てて、クラブを放り投げること。

 

*避けたいと思う状況をイメージしながら、恐る恐るスウィングすること。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

なんか、イチイチ思い当ることばかりですね。

やっぱ。チェックマーク、やってみようかな。

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

習慣の変え方 チェック・マークの効用 〜(3)

 

彼はその後もショットの結果に対する自分の反応を意識して見詰め続け、

予想外の効果に気付いた。

 

もし不満を述べないとしたら、ラスはミスショットにどう対応するかという点について、

私は何も言わなかった。

 

彼は、林に打ち込んだときの自分の新しい対応の仕方について、

次のように話してくれた。

 

「以前なら、”ああ、これで終わりだ”と呟くだけでした。でも今は違います。

少しでも隙間があると、”ここからピッチングでフェアウェイに出せば、9番アイアンでアプローチできる。

そうすれば、ピンをデッドに狙って、パーがセーブできる”と思えるようになりました。

お陰で、プレーの質も以前とは大違いですし、ゴルフが前よりも楽しくなりました」

 

”取り敢えずショット”を避けることは、

悪い習慣を直すことがあらゆるゴルファーを益することを実証する好例だ。

 

”取り敢えずショット”が惨めな結果につながることが分かれば、

それを避けようとする動機と意図が芽生える。

 

そのような意図を持ったら、ラウンドするときは常に、

”取り敢えずショット”をしてもその事実に基づく自己評価はいっさい行わず、

そのようなショットを打ったという事実だけを毎回認識すること。

 

ラウンドが始まる前に、

スコアカードのプレーヤー名を記入する欄の側に”取り敢えずショット”と書いておく。

 

そして、”取り敢えずショット”だったと考えるショットが出たら、

当該のホールにチェック・マークを付けていくのだ。

 

そのようなショットが出ても、決して自己評価や自己批判をしないことが大切だ。

”取り敢えずショット”が出たことだけを認め、チェック・マークを書き込むだけでいい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

うん、これは、やってみる価値がありそうですね。

 

 


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