「ゴルフ大全」(マイケル・ホッブス編)

第3章 偉大なる男たち

 

サミーと出会った日 チャールズ・プライス(1982年) 〜(2)

 

やっと私の前に現れたサミーは、想像以上のゴルファーであり、

周囲が息苦しくなるほどの貫禄に満ちていた。

 

その試合はワシントン近くのコングレッショナル・オールドコースで行われたが、

翌日から開催される1939年度全米オープンの予選会の前に、

4人の名選手によるエキジビション・マッチとして切符が売られ、

私の父がようやく手に入れたものだった。

 

試合はロングヒッターのジミー・トムソンとパッティングの名手、ホートン・スミス、

コース所属のプロ、ウィフィー・コックス、そして憧れのサミーが出場していた。

 

かなり早く到着したにもかかわらず、押し寄せた大観衆の車が溢れて駐車がままならず、

ようやく父が1台分の面積を確保したのが1番グリーンの近くだった。

 

私は車から飛び出すと大人の間をすり抜け、ラフに這い出た。

と、すぐ近くにボールが光っていた。

 

当時のコングレッショナルの1番は距離のあるロングホールだった。

幸運なことに、そのボールがサミーの3打めだった。

 

つまり私は1、2打を見ることが出来なかったわけである。

ずんずんやってくるサミーの姿は、滑らかに走る戦車のように見えた。

 

白い鹿革の靴にクリーム色のスラックス、白いシャツに派手なネクタイを結び、

当時はまだストローハットではなくて、かんかん帽に似た白い帽子をかぶっていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「ゴルフ大全」(マイケル・ホッブス編)

第3章 偉大なる男たち

 

サミーと出会った日 チャールズ・プライス(1982年) 〜(1)

 

そのころ、誰もが彼のことをサミーと呼んだ。

 

どうやら新聞には、本名を使わずニックネームですましたがる風潮があって、

各紙とも「スラミング・サミー」と見出しをつけて、本文中だけサム・スニードと書いた。

 

スーパースターには、何か特別な雰囲気がある。

私は「ゴージャス」と呼んでいるが、サミーには人と違う輝きがあった。

 

たとえば彼の足取りは、獲物の匂いを嗅ぎつけたアメリカ・ライオンのように、

しっかりと着実に一歩一歩、腰から真っ直ぐ踏み出していくのだった。

 

彼は2m近い看板を苦も無く蹴り上げ、

寸分も膝を曲げないでカップの底からボールを拾いあげた。

 

誰かだ曲芸師のように二重関節の持ち主だと言ったが、

そうでなく、彼の全身はゴージャスに出来ているのだ。

 

12歳になっても、私はサミーのプレーを見る機会に恵まれなかった。

 

それでも新聞か何かでスウィング写真を見て、何時間も真似に耽ったものである。

ようやく実物が見られるという前の晩は、なかなか寝付けなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「グリーンから100ヤード」(宮本留吉)

(シングルへの早道)

 

ウッドショットのコツ(3)

 

きれいなグリップは正しいスウィングに通じる

 

ウッドであろうが、アイアンであろうが、どんな時でも一番大切なのは”グリップ”で、

これをきちんとしない限りは立派な球は打てない。

 

従って”ウッドショットのコツ”というこの項目の中で、再認識していただきたい。

 

〆玄蠅鬚ぶせすぎると右手も極端に下から持ちすぎるような形になる。

 このグリップに多い球筋は右手がききすぎるとフックになる。

 

∈玄蠅立ちすぎているグリップだと右手がかぶりやすく、スライス玉になりやすい。

 

女性でも美人は見た目に不自然さがなく楽しませてくれるが、

形の悪い両極端のグリップは、ぎこちなくて感じが悪いものだ。

 

きれいなグリップはきれいな正しいスウィングに通じる。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

自分では、なかなか、分かりにくいですね。

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

花を咲かせる法 〜(4)

 

古い言い伝えがある。

「うまくいかなかったら、うまくいくまで何度でもやり直せ」だ。

 

やり直す方法・・・それは、何かをするというよりは、

自分自身を信じることになるが・・・がきちんと分かっていれば、これは真理だ。

 

残念ながら、ゴルフでは、何かをもっとうまくやろうとすると、

緊張が高まり、ものを考える心を抑制しようとする。

 

これはちょうど、脱出しようとしてもがけば、もがく砂の中に潜ってしまう、

砂地獄のようなものだ。

 

スウィングを直そうとすればするほど、

我々は自意識過剰になって、考える心はさらに強く抑制される。

 

そのため、スウィングのテンポと流れに支障をきたし、スウィングはさらに狂っていく。

 

意図した地点にボールを送り込もうとすればするほど、

伸びやかにスウィングすることよりもボールを置きにいくことに夢中になり、

その結果ショットはさらに乱れる。

 

ゴルフをしていても、その他どのようなことをしていても、

学習し成長するために我々ができる最善のことは、我々の人間としての根本的な資質を信じ、

それが開花するために最適な環境を造り上げることだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

ですね。

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

花を咲かせる法 〜(3)

 

花は、何かに妨げられて日光や水を浴びることが出来なくなれば、

咲かないことを覚えておくことは大切だ。

 

我々は、学習し実践するためにもっとも望ましい環境を妨害するあらゆる障壁を、

なんとしても取り除かなければならない。

 

悲観的な自問自答は、自信の流れを閉ざしてしまう。

 

恐れ、不安、自己不信などの感情は、

リラックスして、伸び伸びとスウィングすることを不可能にする。

 

自尊心とショットの結果を同じレベルでとらえれば、プレッシャーがかかる。

 

恐れ、苛立ち、羨望、落ち込みといった感情にとらわれると、

動揺の暗雲が立ち込め、現状認識の日光は遮断されてしまうのである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

花を咲かせる法 〜(2)

 

この原理は、学習と発展の過程で、

ゴルフばかりでなく人生行路の全般における習慣を変える際にも、適用できる。

 

我々の本質は基本的に善良であり、

物事を正しく認識する力と、学び成長する勢いを備えている。

 

だから我々は、ちょうど花の場合と同じように、

無理に自分を変えようとする必要はないし、

学んだり成長するために、過度に努力しなくてもいい。

 

学び、成長することは、我々の本質なのだから。

我々がすべきことは、自分自身を適正な環境に置く努力だ。

 

このような環境は、無制限の自信という新鮮な空気と、生来の基本的善良さという土と、

判断を交えない認識という日光と、レッスンと練習という肥料から成る。

 

これらの要素が我々の環境を構成すれば、

学び、成長しようとする本来の素質は必ず開花する。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

続きます。

 

 


「月は怒らない」(垣根涼介)

最近読んだ本を紹介するコーナーです。

 

 

今回は、「垣根涼介」の『月は怒らない』です。

 

誰にも期待しない。

夢なんか持ってない。

だから生きるのラクだった。

 

そんな女になぜか惹かれていく、3人のロクデナシたち

 

梶原 多重債務の借財の整理が生業。

   仕事で訪れた市役所で、この女を見た瞬間、声を失った。

弘樹 バーで女がチンピラに絡まれて目の前で転んだ。

   助け起こした瞬間、女の顔に釘付けになった。

和田 勤務先の交番の前の市役所に自転車で通う女。

   結婚しているくせに私はいつもその女を探している・・・。

 

いつもの著者らしくない作品でしたが、まあ、それなりに楽しめました。

もうちょっと、別の作品も読んでみようと思っています。

 

 


「禅ゴルフ」(ジョセフ・ペアレント)

PART2 ”PAR"式戦略とは

 

結果への対応

 

花を咲かせる法 〜(1)

 

花は、どうやって咲かせるのだろうか。

 

誰も、茎を引っ張って背丈を伸ばそうなどとはしない。

早く開けとばかりに、蕾を開いて花弁をむき出したりもしない。

 

そのように無理に咲かせようとすれば、逆効果になり、花は枯れてしまう。

 

力ずくで咲かせようとしないで、花を育ててやることが必要なのである。

つまり、日光、水、土、肥料などからなる、適正な条件を花に与えなければならない。

 

しかしこれは、花が”育つ”ために必要な環境に過ぎない。

では何が、実際に花を咲かせるのだろうか。

 

花を咲かせるのは、外的要因ではない。

育ち、花びらを開くのは、花の本性なのである。

 

成長のために必要な条件が満たされれば、みごとな花が自ずと咲く。

花は、あえて咲こうと努力する必要はないのだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ですよね・・・。

 

 


「さあ始めよう、きっと何かが変わるはず」(アール・ウッズ)

周りに流されずに自分の気持ちにしたがおう

 

みんなは学校の劇に出演したがっていますが、

あなただけバンドに入りたいと思っています。

 

友だちは全員サッカーをしていますが、

あなたはテニスがしたいと思っています。

 

さて、まわりに合わせるべきか、

それとも自分の気持ちにしたがうべきでしょうか?

 

みんなで一緒に何かをしている時は、

自分だけ友だちと違うことをするのはとてもむずかしいものです。

 

しかし、自分のしたいことがわかっているのなら、

それを貫くことが自分に対する義務なのです。

 

友だちの興味とあなたの興味は同じである必要はありません。

 

自分が本当にしたいことがあるのに、

なぜ興味がないことをする必要があるのでしょうか?

 

タイガーが子どものころ、

同じ年齢でゴルフをしている子どもはだれもいませんでした。

 

でもタイガーはゴルフが大好きで、

ゴルフをするためなら、友だちと離れてしまうことも恐れませんでした。

 

自分の仲間と違うことをするには、強い意志が必要です。

けれども、やってみればこの方がいいとわかるでしょう。

 

あなたは友だちのサッカーの試合の応援に行き、

友だちはあなたのテニスの試合を見に来る。

 

一体、これのどこがおかしいのでしょう?

 

タイガーの言葉

「ゴルフはいまではとても人気がありますが、ぼくが子どものころは違いました。

それでもぼくがゴルフを続けたのは、ゴルフが大好きだったからです。

ほかのスポーツもやってみましたが、ゴルフほど熱中できなかったのです」 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

ですね。

 

 


そうか!「ゆっくり上げる」から、強いんだ。(宮里 優)

第3章 ショートゲームでスコアを作る

 

14 スコアメイクの必需品、転がしアプローチ 〜(2)

 

振り幅だけでは距離感を出すことが難しいと私は考えています。

 

転がしの場合は、まずイメージ。

プラス、インパクトの力加減が重要になってきます。

 

つまり、上げるショットの延長というよりは、

パターの延長線上に転がしのアプローチはあると思って下さい。

 

転がしのアプローチは、特にピンが奥でグリーン面を長く大きく使えるときに有効です。

もちろん全英オープンのような下が硬く手前からの攻めが必要な際にも威力を発揮します。

 

ピンがバンカーの上ぎりぎりのところに立っているとしたら、

ピンとバンカーの間のそれこそ畳一畳分のスペースにピンポイントで球を転がすしかありません。

 

その点、転がしはそれほどシビアにならなくてよい。

転がしがやさしいというのは、そこなのです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

転がしアプローチは、「パターの延長線上」というのは納得できます。

 

特に私の場合は、球を直接、掬うように(ちょっと違うんですが)打って行くので、

それは、パターのイメージなのですから・・・。

 

 


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